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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)2201号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人大和光子に対し金一五四万円、控訴人野口桂子に対し金一四〇万円、控訴人寺中壯夫に対し金四〇万五〇〇〇円およびこれらに対する昭和四四年五月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示(ただし、原判決二枚目裏九行目の「委任し、」のつぎに「被告は」をそう入する。)と同じであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

登記権利者と登記義務者とによる、いわゆる双方申請の不動産登記手続においては、登記権利者と登記義務者との間に、不動産について登記をするという合意が成立し、司法書士は、この合意に基いて双方からこれが履行としての登記手続事務の委任を受けているにすぎないのである。このような場合、登記義務者が何らの理由もなく、また登記権利者の同意をうることもなく前記合意を破棄もしくは解約できないのは当然であり、従つて、双方から委任をうけた司法書士が、一方(登記義務者)からの申出があつたからといつて、他の一方の同意をうることなくこれに協力して登記に必要な書類を一方(登記義務者)に返還して登記を不能ならしめることは、登記義務者の債務不履行または不法行為に協力するものであつて、受任者である司法書士においても、債務不履行の責を負うとともに善管注意義務違反の責を負うものというべきである。さらに、また、登記権利者と登記義務者による司法書士に対する登記手続の双方委任は、いずれも登記という一つの目的のためになされているものであつて、一方の委任と他方の委任とは決して無関係でなく、互に一方は他方の制約を受ける関係にあるのであつて、このような委任は、他方の同意をうることなく解除はなしえないのである。従つて、双方から委任をうけている司法書士は、たとえ一方の委任者である登記義務者から委任を解除され、書類の返還を要求されても、他方の委任者である登記権利者の同意もなく書類をこれに返還することは許されないといわなければならない。

(被控訴人の主張)

被控訴人が訴外会社の従業員である尾畠に、本件仮登記の申請に必要な資格証明書や印鑑証明書を返戻したとしても、それは委任者である登記義務者の要請により、登記義務者が提出した書類のみを返還したにすぎないのであるから、そこになんら登記権利者である控訴人らに対する債務不履行は生じないのである。

理由

当裁判所も、控訴人らの請求は失当であるものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の説示するところと同じであるから、その理由記載(ただし、原判決九枚目裏末行の「何され」を「付され」に改め、一〇枚目裏六行目から七行目にかけてある「一六〇〇坪位につき」のつぎに「、」をそう入し、同七行目から八行目にかけてある「売買土地」を「右全土地」に、同一一行目の「一二日頃」を「一三日」に、一一枚目表一行目から二行目にかけてある「二、三日すれば」を「後日」に、同五行目から六行目にかけてある「一〇日の一五日」を「一〇日か一五日」に、一二枚目表一行目の「書類返還と登記未了の」を「訴外会社への書類返還の事実と登記未了の事実の」にそれぞれ改める。)を引用する。

一、売買契約の当事者は売買契約にもとづく履行の関係として、登記権利者、登記義務者の関係に立ち、登記手続をする旨の合意をして、同一の司法書士に登記手続の委任をするのが一般である。しかし、当事者双方間の右合意と当事者双方と司法書士との間の右委任契約とは、右三者間に特段の約定がなされないかぎり、運命を別にし、司法書士は右の合意に左右されるものではなく、右委任契約に拘束されるだけである。さらに、登記権利者、司法書士間の委任関係と登記義務者、司法書士間の委任関係とは、右三者間の特段の約定のないかぎり、単純に併存しているにすぎないのであつて、ただ司法書士(受任者)が登記手続を行う時点までこの二つの委任関係が併存していなければ当該司法書士は登記手続を代理することができないという関係にあるという点では、二つの委任は無関係でないといえるが、そのほかに一方の委任関係が他方のそれによつて制約をうけたり、運命を共にしなければならなかつたりする関係にはないものと解すべきである。そして、委任契約は当事者間の信頼関係にもとづくものであるから、特段の事由がなくても、委任者は民法六五一条により解除できるのであり(ただし、委任が受任者の利益をも目的とするときは格別)、他方の委任契約の委任者の同意を要するものではなく、他方の委任者に無断で解除することが双方の委任者間の前記合意の違反になることがあつても、このことは受任者に対する解除の効力に影響を与えるものではない。ただ、登記は登記権利者と登記義務者の共同申請によらなければならないから、一方の委任者のなす委任解除を認めると、他方の委任者も当初の予定が狂うことになるけれども、これは当該司法書士を双方の代理人として登記手続をするという当初の意図に添えないというにすぎないのであつて、登記権利者、登記義務者間の法律関係に何の変更もないのであるから、登記手続が不能になるわけのものではないのである。のみならず、前記のように委任は信頼関係に基礎をおくものであるのに、一方の委任者と受任者との間に信頼関係がなくなつても他方の委任者の同意がないため解除させないで委任関係を存続させることは委任の本旨に反するし、また司法書士に一方の委任者の意思に反した登記手続を行なうことを義務づける結果ともなつて不当であるから、一方の委任者による解除も有効とみなければならない。

二、本件では、訴外会社(委任者)から被控訴人(受任者)に対し、後日新しいものを持参するからといつて登記に必要な書類の返還を求めたのであるから、外観上は単なる差換えのための返還要求であつて、登記手続の委任解除の意思表示があつたものとはいえないかもしれないが、前記のように、本件では委任者である訴外会社はいつでも受任者たる被控訴人に対し登記手続の委任を解除できるのであるから、このような解除権を有する者から後日の差換えを理由に登記に必要な書類の返還を求められた場合には、受任者はこれを拒みうる理由がないといわなければならない。それゆえ、訴外会社の求めに応じて右書類を返還したため、被控訴人を代理人とする登記手続ができなくなつたとしても、被控訴人の所為を目して、控訴人らが主張するように、債務不履行ないし善管注意義務違反の責を負うものと認めることはできない。

そうすると、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がない。よつて、民訴法三八四条、八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

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